“インド建築研修旅行” 顛末記 (その4)

村林俊治
 国際色豊かな、と言ってもインド人と日本人。我々の乗った寝台列車は、6人がけの コンパートメント 。寝るときは3段ベッドにな る。通路側は2人がけの2段ベッド。
 赤ターバンをしたポーターの運んでくれた大きなスーツケースを座席の下に置き、夕食の弁当を広げ、紙に包まれた胡椒の効い たカレー味の焼きそばを、インド風に素手で食べた。美味しい蒸し卵は一人二個ずつ。弁当の空は車内のゴミ箱へと、袋にまとめて 持っていけば、車掌がドアを開けてポイッと外に投げ捨ててしまった。道理で列車内はきれいな筈だった。いつしか、消灯。白いシー ツに毛布一枚で寝る。列車の軋む音、いびき、おなら、一番上は臭いまでが響いてくる。誰かは、早くも下痢をもよおしていた。
 デカン高原北西部のブサヴァル駅に到着したのは、インドで4日目となる朝の6時過ぎ。到着予定時刻の30分遅れは、インドでは 定刻通りと言うらしい。
チャーターバスに乗り込み2日間をかけて、アジャンターエローラ石窟寺院群を見学した。
神は岩窟の奥深くから姿を現す、という、古代インドの信仰により、数多くの石造建築物が生み出された。その アジャンター の大小 30の石窟寺院は、馬蹄形に蛇行したワーゴラ川沿いの断崖に、出家した僧たちによって彫られた。比較的簡素な前期窟は、紀元前 2世紀から、紀元後2世紀まで続いたと言われる。又、数々の仏像があり、法隆寺金堂壁画の 『勢至菩薩(せいしぼさつ)像』 にも影 響を与えたとされる 『蓮華手菩薩(れんげしゅぼさつ)像』 などの華やかな壁画で装飾された後期窟は5世紀中頃から7世紀まで 続いたとされている。一番の圧巻は、第26窟だった。重量感溢れる列柱の奥に横たわるインド最大の 涅槃仏。測ってみれば、全長 7.3メートル(目測)。釈迦の静かな姿態に癒され、導かれるままに、そっと手を合わせた。
 翌日の エローラ石窟寺院群 は、アジャンターから南西へ約100kmの地。中でも、その威容さで圧倒される、ヒンドゥー教の カ イラ―サ寺院 は、8世紀半ばから約1世紀をかけて造営された。
拝堂の奥に本堂が聳え、その内奥には、ヨーニ(女陰)の上に立つ リンガ(男根)が祀られている。大砲のようなリンガは、水で浄め られ、花が供えられて黒く光っていた。それらを回廊が取り囲む形式は、寺院建築の代表的な伽藍配置である。建築と言ってもパル テノンの様に石を積み上げるのではなく、ビルの10階建ての高さにも相当する岩山が、何世代にも渡って継ぎ目なく掘り抜かれてい る。その神秘的な美しさと規模に対し、人力による鑿(のみ)と鎚(つち)だけの、想像を絶する方法と労苦を想った時、古代インド人の信仰 にかける熱い血潮が、読経の響きとともに、飛び交ってきた。

ワーゴラ川断崖に掘られた
アジャンターの石窟寺院群
アジャンター壁画の最高傑作と言われる
『蓮華手菩薩像』
アジャンター 第26窟列柱奥の涅槃仏
エローラ 第16窟カイラーサ寺院
岩山を上から下へ垂直に掘りぬいた

エローラ 第16窟カイラーサ寺院

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