“インド建築研修旅行” 顛末記 (その1)

村林俊治
 2月25日から3月4日の一週間、インド北部から中西部にかけ、1950年代前半のインドに於けるフランスの世界的な近代建築家 ル・コルビュジェ の建築から 名もない工匠たちが各地に造り上げた紀元前2世紀に遡る、アジャンターの石窟寺院に至るまで、長 大な時間軸と空間軸 (日本列島を縦断するに等しい距離) を電車、バス、飛行機…を使い駆け足で見てまいりました。
今回のツアー参加者は、建築士、弁護士、学生、その他リピーターを含め男女合わせて20人。
 初日は、デリーから目的地のパンジャブ州の州都まで、電車で片道5時間の旅。出発した途端、車窓から飛び込む早朝の白く、 まぁるい景色は、人間の原初的生理行為(放糞)の点在でした。
カーストの枠外(?)の民か、多くの家族が、大都市近郊の線路沿いでバラック住まいを構えて生活しているのを見受けました。
 さて、到着したのは、パキスタンとの国境近く、ヒマラヤ山脈の麓に位置する ル・コルビュジェ設計の首府、シャンディガールの 理想都市です。そこには、インドの生活臭は全く無く、均質なコンクリートの打放しによる民主政体の三権を構成する建物が威風 堂々とありました。議会棟、行政庁舎、裁判所のそれぞれの配置は、現代の宮殿のごとく、めくるめく充分な均衡をもって展開され ていました。議場前庭の水面は、潜熱を利用した自然の冷房装置。裁判所にかかるコノイド状の屋根の繰り返しは、涼風を呼び込 む日傘の役目をし、チャトリ(小塔)の林立を思わせる。警備上の理由と日曜日が重なり、議場内の見学は許されなかったが、イン ド・イスラムの造形をコルビュジェ風に解釈したこれらの施設は、大変素晴らしい!
 フランスから過酷な風土のインドへと、シャンディガールを完成させる為に24回も足を運んだという当時70歳を超えていたル・コ ルビュジェの執念に、思わず涙がほほを伝いました。

議場前の潜熱を利用した自然の冷房装置 行政庁舎の前でなかなか整列出来ない仲間達
コノイド状屋根の繰り返しの高等裁判所正面

ハイポロイドシェルの大会議場

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